>>参考 「お月お星」「幸せ鳥パイパンハソン」「金の履物」「恋に溺れた継母」「小さな太陽の娘」「第九の警備頭の話」
白雪姫 ドイツ 『グリム童話』(KHM53)
昔々、真冬のこと。雪がちらちら鳥の羽のように空から降っていたとき、ひとりのお妃が黒檀の枠の窓の側に腰かけて縫いものをしていた。そして外を見上げた拍子に針で指を突いてしまい、血が三滴、雪の中へ滴り落ちた。
その紅い色が、白い雪の中で大層きれいに見えたものだから、お妃は独りごちた。
「雪のように白くて、血のように紅くて、黒檀のように黒い髪をした子がほしいものだわ」
それから間もなく、お妃に愛らしい女の子が産まれた。その姫は雪のように色白で、唇と頬は血のように紅く、黒檀のように黒い髪の毛を持っていたので、白雪姫という名を付けられた。この子を産むと、お妃は死んだ。
一年経つと王様は新しい奥方を迎えた。大層器量のよい人だったが、高慢で、不遜で、美貌で他人に負けるのが我慢ならない性質だった。
お妃は不思議な鏡を持っていて、その前へ行って鏡の中を見つめるたびに尋ねた。
鏡よ、壁の鏡よ。
世界中で一番美しい女は、誰?
すると鏡が返事をした。
お妃さま、
あなたこそが世界中で一番美しい
お妃はこれを聞くと、鏡が嘘を言わないことを知っているので、安心するのだった。
さて、白雪姫は大きくなるにつれて次第に美しさを増し、七つの時には輝く太陽のようになった。そんなある日、お妃が鏡に訊いた。
鏡よ、壁の鏡よ。
世界中で一番美しい女は、誰?
すると鏡が返事をした。
お妃さま、あなたはとても美しい。
けれど白雪姫さまは、何千倍も美しい
これを聞くとお妃は驚いて、妬ましさのあまり血の気が引いて、黄色くなったり青くなったりした。
この時からというもの、お妃は白雪姫を見るだけで心臓が捩じれるほどに憎らしくてたまらなかった。嫉妬や慢心が心の中に雑草のようにだんだんと生い茂り、夜も昼もじっとしていられなくなってきた。そこで猟師を一人呼んで言った。
「あの子を森の中へ連れてっておくれ。もうあの子を見るのも嫌なの。殺してしまって、その証拠に肺と肝を持ってくるのよ」
猟師は言われた通りに姫を連れ出した。猟刀を抜いて、罪もない心臓を一突きしようとした時、白雪姫は泣き出して言った。
「猟師のおじさま、助けて。見逃して下さい。わたし、森の奥へ入って二度と家へ帰りませんから」
なにしろ大層きれいな少女だったので、猟師も哀れをもよおして言った。
「それならお行きなさい。お可哀想に」
「どうせ獣にすぐ食われちまうだろう」とは思ったものの、とにかく自分の手を汚さずに済んだのだから、胸の上から石が転がり落ちたような気になった。そこへちょうど猪の一歳子が飛び出して来たので、それを突き殺して肺と肝とを取り出し、証拠としてお妃のところへ持って行った。料理番はそれを塩茹でにするように言いつかり、邪悪な女はぺろりと食べて、白雪姫の肺と肝を食べたつもりでいた。
さて、可哀想な子供は大きな森の中で独りぼっちでいた。恐ろしくてたまらないので木の葉を一枚一枚眺めていたが、どうしたらよいのか見当もつかない。そこで駆け出して、尖った石を踏み越え茨の間を駆け抜けた。恐ろしい獣たちが白雪姫のすぐ側を通ったものだが、何もしはしなかった。足の続く限り走って、やがて日も暮れかけた頃、一軒の小さな家を見つけて、休もうと思って中へ入った。
小屋の中は何もかもがミニサイズだったが、とても綺麗でさっぱりしていた。白いテーブルクロスをかけた小さなテーブルの上にはお皿が七枚載っていて、どのお皿にも可愛らしいスプーンが添えてあるし、ナイフもちっちゃいのが七本、フォークもちっちゃいのが七本。ちっちゃいグラスも七つ揃えてあった。
壁ぎわには小さなベッドが七つ、ずらっと並んでいて、雪のように白いシーツが掛けてあった。
白雪姫はお腹がぺこぺこで喉が乾いていたものだから、全部の小皿から野菜とパンを少しずつ食べて、全部のグラスから葡萄酒をひとたらしずつ飲んだ。一人のぶんだけから全部取ってしまいたくはなかったからだ。それから、とてもくたびれていたので小さなベッドに寝転んでみたものの、長すぎたり短すぎたりしてなかなか身体に合わなかった。最後に試してみた七つ目のがちょうど具合がよかったので、その中に潜り込んで、運を天に任せて、ぐっすり眠り込んでしまった。
日がとっぷり暮れた頃、小屋の主たちが帰って来た。それは山へ入って鉱石を細かに砕いて掘っている、七人の
一番目のが言った。「誰がわしの椅子に腰かけたんだろう?」
二番目のが言った。「誰がわしの皿のものを食べたんだろう?」
三番目のが言った。「誰がわしのパンを取ったのだろう?」
四番目のが言った。「誰がわたしの野菜を食べたのだろう?」
五番目のが言った。「誰が私のフォークで刺したんだろう?」
六番目のが言った。「誰があたしのナイフで切ったんだろう?」
七番目のが言った。「誰が僕のグラスの中身を飲んだんだろう?」
それから一番目が辺りを見廻し、自分のベッドに小さな窪みのあるのを見つけて言った。
「誰がわしのベッドに入ったんだろう」
他の者も駆け寄って来て「わしのにも誰かが寝た跡があるぞ」と騒いだ。
「僕のベッドに誰か寝ているぞ」
七番目のが、自分のベッドに白雪姫が眠っているのを見つけた。そこでみんなを呼ぶと、みんな大急ぎでやって来て、わいわい言いながら、めいめい小さな灯りを持って白雪姫を照らして見た。
「おお、神よ! おお、神よ!」とみんなは騒いだ。「なんて綺麗な子なんだろう!」
嬉しくてたまらないものだから、起こさずにそのままベッドに寝かしてやることにした。ベッドを取られた七番目の小人は、一時間ずつ順々に仲間の横に寝ているうちに夜が明けた。
朝になって白雪姫は目を覚まし、七人の小人を見て肝を潰した。けれども彼らは親切な様子でこう訊いた。「お前、何ていう名前なんだい?」
「私、白雪姫というの」とお姫さまは返事をした。
「どうしてわしらの家へ入ったんだい?」と小人たちが続けた。
そこで白雪姫は、継母が自分を殺させようとしたこと、けれど猟師が命を取らずに見逃してくれたこと、それから一日中駆け廻って、やっとこの小屋を見つけたこと、そんな全てを話してきかせた。小人たちは、
「お前がわしらの家の世話をして、煮炊きをしたり、ベッドを整えたり、洗濯や縫い物や編み物をしてくれて、なんでもきちんと始末してくれるなら、ずっとここにいてもいいよ。何ひとつ不自由はさせないよ」と言った。
「ええ、やるわ」と白雪姫は返事をし、みんなの所にいることにした。
白雪姫は家の中をきちんと片付けてやった。小人たちは毎日、朝に山へ出かけて銅や金を探し、日が暮れると帰って来るので、その間にご飯の支度をしておかねばならなかった。
一日中、白雪姫は独りでいることになるので、親切な小人たちは用心するように言った。
「継母に気をつけるんだよ。お前がここにいることを、すぐ嗅ぎつけるだろうから、決して誰も入れちゃいけないよ」
一方、お妃は白雪姫の肺と肝を食べたものと思い込み、今こそ自分は誰よりも美しいのだと思って、例の鏡の前へ行って言った。
世界中で一番美しい女は、誰?
すると鏡が返事をした。
お妃さま、あなたがこの世で一番美しい。
けれど山々の彼方の七人の小人の元にいる白雪姫さまの方が、何千倍も美しい
お妃はぎょっとした。鏡は決して嘘を言わないことを知っているので、猟師が自分を騙したこと、白雪姫が生きていることに気が付いた。そこで何とかして白雪姫を殺してやろうと、色々に策を練った。なにしろ自分がこの世で一番の美人にならないうちは、悔しくて妬ましくて、心が安寧を得られなかったからだ。
そのうちにとうとう何か考え出して、髪を染めて、物売り婆さんのように変装して、すっかり正体が分からないようになった。この姿で七つの山を越えて、七人の小人の小屋に着くと、戸を叩いて呼んだ。
「きれいな小物はいかかですか! いかがですか!」
白雪姫は窓から覗いて言った。
「こんにちは、おばあさん。何を売ってらっしゃるの?」
「上等な品、綺麗な品ですよ。ほら、この
そう返して、色とりどりの絹糸で編んだものを一本出した。白雪姫は(こんな人の好いおばあさんなら家へ入れても構わないわ)と思って、かんぬきを抜いて戸を開け、その綺麗な紐を買った。
「おやまあ」と婆さんが言った。「これはべっぴんなお嬢ちゃんだね。こっちへおいで。おばさんが上手い具合に締めたげよう」
白雪姫は疑いもしないで婆さんの前へ行って、新しい紐でコルセットを締めてもらった。ところがサッと婆さんがきつく締めたものだから、白雪姫は息が詰まって、死んだように倒れてしまった。
「さあこれで、私が一番の美人だよ」と婆さんは言って、急いで出て行ってしまった。
日が暮れて七人の小人が家へ帰って来て、大事な白雪姫が地面に倒れているのを見てびっくりした。白雪姫はびくりとも身動きもしないで、まるで死んだみたいだった。
みんなが白雪姫を抱き起こしてみると、きつく締め付けられていることが判ったので、コルセットの紐をぶっつり切った。すると白雪姫は微かに息をしはじめ、次第に血色を取り戻して生き返った。
小人たちは一部始終を聞くと言った。
「その物売り婆さんが神を畏れぬ妃に違いない。わしらが側にいないときは、どんな人でも家に入れちゃいけないよ」
一方、邪悪な女は家へ帰ってから、鏡の前に行って聞いた。
世界中で一番美しい女は、誰?
すると鏡が前のように返事をした。
お妃さま、あなたがこの世で一番美しい。
けれど山々の彼方の七人の小人の元にいる白雪姫さまの方が、何千倍も美しい
お妃はこれを聞くと、血が全て一度に心臓に流れ込んだ気がして、ぎくっとした。白雪姫がまた生き返ったことがよく分かったからだ。
「よしよし。どうあってもお前を確実に殺す方法を考え出してやるよ!」
そうして、習い覚えた魔法で毒の櫛をこしらえた。それから身なりを変えて、別の婆さんの姿になった。こうして七つの山を越えて、七人の小人の小屋を訪ねて、戸口から声をかけた。
「よい品はいらんかね! いらんかね!」
白雪姫は覗いて言った。
「いりません。私、誰も入れられないのよ」
「でも、見るだけならよろしゅうござんしょう」と婆さんは言って、毒のある櫛を出して高く差し上げた。それが気に入ったものだから、子供はついつい戸を開けた。買物が決まると婆さんが言った。
「それじゃ、おばさんが綺麗に梳いてあげましょう」
哀れな白雪姫は何も疑わずに婆さんの言うなりになったが、櫛が髪に触れるやいなや、たちまち毒が回って気を失って倒れてしまった。
「随一の美女も、これでおしまいだね」
神を畏れぬ女はそう言って、さっさと行ってしまった。けれども幸運なことには、すぐに日が暮れて七人の小人が帰って来た。
みんなは白雪姫が死んだように地面に倒れているのを見ると、すぐに継母が怪しいと思った。探してみると毒の櫛が見つかったので、それを抜くとたちまち姫は正気に返って一部始終を話した。
そこでみんなはもう一度、よくよく用心して誰にも扉を開けないようにと言い聞かせた。
お妃は城へ帰ると、鏡の前に立って言った。
世界中で一番美しい女は、誰?
すると鏡が相変らずのことを答えた。
お妃さま、あなたがこの世で一番美しい。
けれど山々の彼方の七人の小人の元にいる白雪姫さまの方が、何千倍も美しい
鏡がこう言うのを聞くと、お妃はわなわなと怒りに身を震わせた。
「どうしたって白雪姫を殺してやる!」と怒鳴った。「たとえ自分の命を失おうとも、構うものかっ」
それからお妃は、誰も来ない人里離れた場所で、とても強烈な毒リンゴをこしらえた。白くて頬が紅く、見かけはいかにも美しくて、一目見たら誰だって食べたくなるようなものだったが、一口でも食べようものなら確実に死んでしまうものだった。そのリンゴが出来上がると、お妃は顔に色をぬり、百姓女のなりをして、七つの山を越えて七人の小人の所へ行った。戸を叩くと、白雪姫が窓から顔を出して言った。
「誰も家へ入れてはいけないの。七人の小人にいけないって言われたんだもの」
「それで結構ですよ」と百姓女が言った。
「リンゴをすっかり売り払ってしまいたいんだよ。さあ、お嬢ちゃんにも一つあげよう」
「いいえ」と白雪姫は言った。「何ももらってはいけないの」
「毒でも入ってると思ってるのかね?」と百姓女が言った。「まあごらんよ。この通りリンゴを二つに切って、お嬢ちゃんは紅い方をお食べ。私は白い方を食べるから」
のために使用cumberbundプリーツは何ですか?
ところがそのリンゴは、紅い方にだけ毒が入あるように上手くこしらえてあったのだ。
白雪姫は見事なリンゴが食べたくてたまらなかったので、百姓女が半分食べたのを見ると、もう我慢が出来ず、窓から手を伸ばして毒のある方を取った。ところが、ひとくち口に入れたかと思うと、たちまち死んで地面に倒れてしまった。
お妃は凄まじい目付きでじっと見ていたが、やがてげらげら笑い出すと言った。
「雪みたいに白くて、血みたいに紅くて、黒檀みたいに黒い、か! 今度こそ、小人もお前を生き返らせることは出来ないわ」
そうして、家へ帰ってから鏡に聞いた。
鏡よ、壁の鏡よ。
世界中で一番美しい女は、誰?
すると、とうとう鏡がこう返事した。
お妃さま、
世界中で一番美しいのは、あなたです
それでお妃の嫉み深い心も、世間並みには落ち着いた。
日が暮れて家へ帰って来た小人たちは、白雪姫が地面に倒れていて、もう息も止まっているのを発見した。抱き上げて、何か毒になるものはないかと探し、紐をほどいたり、髪の毛を梳いたり、水や葡萄酒で体を洗ったりしてみたものだが、何もかもが無駄だった。可愛い子供は死んでいた。死んだままだった。
みんなしてお姫さまを棺台に寝かせ、七人揃って、その傍へ腰をかけて嘆き悲しんだ。泣いて泣いて、三日の間泣き続けていた。それから埋めようと思ったが、お姫さまはいつまで経っても生きている人のように活き活きとしていて、頬も紅く綺麗なままだった。
「こいつは、黒い土の中になんか埋められないね」
小人たちは言って、四方から見えるように透き通ったガラスの棺をこしらえさせて、その中へお姫さまを寝かせ、金文字で名前を書いたうえ、王の娘だということも書いておいた。それから棺を運び出して山の上へ置いて、いつも誰か一人が側で番をした。獣たちもやって来て、白雪姫のことを泣き悲しんだ。一番先に来たのがふくろうで、その次がカラス、一番おしまいが鳩だった。
こうして白雪姫は長い長いあいだ棺の中で腐ることがなく、雪のように白く、血のように紅く、黒檀のような黒い髪だったので、まるで眠っているだけのようだった。
ところがある時、どこかの国の王子が森へ迷い込んで、小人の小屋へ来て、ここで一晩泊めてもらったことがあった。王子は山の上にある棺と中に入っている美しい白雪姫を見つけ、金文字で棺に記してあることも読んだ。それから小人たちに向って言った。
「この棺を僕に譲ってくれ。代金は言い値で支払う。何でも与えよう。言ってくれ、何が欲しい?」
けれども小人たちは口を揃えて言った。
「世界中の金貨をもらおうとも、この棺をあげるわけにはいかないね」
すると王子が言った。
「それでは金銭に関係なく僕に譲ってくれ。僕はもう、白雪姫を見ずには生きていられないんだ。彼女を至上の宝にして、大切に、大事にするから」
こう言われると、元々気の優しい小人たちは同情して、棺を王子に譲った。王子は棺を召使いたちに担がせて持って行った。
ところが、その時それは起こったのだ。召使いたちが灌木につまずいてよろめいた拍子に、白雪姫が齧った毒リンゴの欠片が、ころりと喉から転がり出たのである。ほどなく白雪姫は目を開けて、棺の蓋を持ち上げて立ち上がった。生き返ったのだ。
「まあ、ここは何処なの?」と声をあげた。王子は喜びをこらえきれずに言った。
「僕の側ですよ」と。
そうして一部始終を物語り、こう言った。
「あなたを世界中の何よりも大事にします。来てください、僕と一緒に父上の城へ。あなたは僕の妻になるのです」
こう言われると白雪姫も王子を愛しく思い、王子に付いて行った。婚礼の支度が目にも鮮やかに見事に整えられた。
婚礼には、白雪姫の神を畏れぬ継母までもが招かれていた。継母は立派なドレスを身に着けてから鏡の前へ行って尋ねた。
鏡よ、壁の鏡よ。
世界中で一番美しい女は、誰?
すると鏡が答えた。
お妃さま、あなたはこの世で一番美しい。
けれど若い女王さまは、その何千倍も美しい
これを聞くと、邪悪な女は悪態を吐き捨てて、気がもめてたまらず、じっとしていられなくなってしまった。
とても婚礼に行く気にはなれなかったが、行かないのも落ち着かなかった。その若いお妃を見ずにはいられなかったのだ。入ってみると、すぐ白雪姫だと分かったので、衝撃と恐れで突っ立ったまま、身動きも出来なかった。けれどその時にはもう、鉄の上靴が石炭の燃える火にかけてあり、それが火ばさみで挟んで運ばれてきて、邪悪なお妃の前に差し出された。それで彼女は真っ赤に灼けた靴を履いて、死んで倒れるまで、とても長い間踊り続けなければならなかった。
参考文献
『完訳グリム童話(全三巻)』 グリム兄弟著、関 敬吾・川端 豊彦訳 角川文庫
『完訳グリム童話集』 J.グリム+W.グリム著、金田鬼一 訳 岩波文庫 1979.
「Schneewittchen」/『maerchenlexikon.de』(Web)
かわいい小鳥 スイス
ある山村に、一人の母親と二人の娘が暮らしていました。下の娘のセラフィヌはブルーネットの髪に生き生きした赤い頬を持っていて、まるで春の花のように可憐でしたが、誰も彼女にそれを言いませんでしたので、自分ではそれを知りませんでした。ただ、器量自慢の母親だけが娘が日増しに美しくなっていくのを苦々しい気持ちで見ていましたが、まだまだセラフィヌは私ほどは美しくないよ、と思って気持ちを なだめていました。
そんなある日、鼻が曲がって赤い目をした年寄りの魔女が通りかかって、母親に言いました。
「ふんふん、あんたは自分がこの谷で一番の美人だと思ってるだろうが、あんたよりずっと綺麗な娘が一人いるよ。他でもない、あんたの下の娘さ!」
それを聞くと母親は嫉妬で青ざめましたが、認めないわけにはいきませんでした。母親は娘を追い出すことに決め、厳しい声で言いました。
「お前はもう世間に出て一人でやって行けるほどに大きくなってるよ。いつまでも家にいて私たちのパンを食いつぶしてるものじゃない。さっさと出ておいき!」
セラフィヌは何か言おうとしましたが、母親は彼女を突き出して戸を閉めてしまいました。どうしてこんなに出し抜けに追い出されるのだろう。お母さんを怒らせるようなことをしたのかしら。訳が分かりませんでしたが、急に態度の変わってしまった母親が恐ろしく思えて、セラフィヌは着替えも食べ物も持たずに走って逃げました。森を抜け野原を抜けまた森を抜けして、自分がどこにいるのか分からなくなり、とうとう森から出られなくなってしまいました。野イチゴやポケットのパンくずで飢えをしのぎながらさまよううち、暗い森の向こうに小さな明かりがチラチラと揺れているのが見えました。そこに大きな家があったのです。
「よかった、人がいるわ」
セラフィヌは喜んで戸を叩こうとしましたが、悪い人たちの家かもしれないと思いなおして、そっと小窓から中を窺いました。すると、テーブルにはモジャモジャひげの荒くれ男たちが十二人も座っているではありませんか。セラフィヌはびっくりして家から離れて、その日は近くの洞窟の中で眠りました。
翌朝、用心深く家の様子を見ていると、十一人の男たちが槍や刀を持って出かけて行くのが見えました。昨夜は十二人いたのですから、あと一人残っているはずです。まもなく煙突から煙が上がるのが見えましたが、そのうちに最後の男も出て行って、家は空になりました。セラフィヌはこわごわ近づいていって、戸を開けてみました。戸には鍵がかかっておらず、家の中には焼きたてのパンの香ばしい匂いが立ち込めていました。途端に死ぬほどお腹がすいているのを思い出し、パン焼き釜を開けてパンを一つ取り出すと、洞窟に帰ってものも言わずに食べました。それから木の葉を集めて柔らかいベッドを作ると、またぐっすりと眠ったのです。
次の朝も、まず十一人の男たちが出て行き、その後に残りの一人が出かけて行くのを見ました。どうやら最後の一人はパン焼き係で、パンを釜に入れてから出かけていくようでした。セラフィヌは今日は大胆に家に入り、釜からパンを一つ取って洞窟に帰りました。こんな風にして四、五日が過ぎました。
その家に住んでいる十二人の男たちは、盗賊でした。毎日泥棒や人殺しをしては、奪ったものを持って帰ってきていました。ところが、毎日パンが一つ足りないので、みなはパン焼き係に文句を言いました。けれどもパン焼きは落ち着いて答えました。
「誓って言うが、俺は毎日、パンを十二個釜に入れている。誰かが近くに住んでいて、パンを一つ盗んでいるのに違いない」
「数も数えられないとは、間抜け野郎め。この辺りに獣の他に何が住んでる? 狼や熊がパン焼き釜からパンを盗むはずないじゃねぇか!」
「騒ぐなよ、サルども! 俺はもう作戦を考えてる。明日は出かけずに家に残ってるさ。それで泥棒を捕まえられなかったら、俺をハリツケにしたって構わねぇとも」
あくる朝、セラフィヌはいつものように家に入ってきて、パン焼き釜からパンを一つ取りました。そして帰ろうとしたとき、いきなり粉桶の陰からパン焼きが飛び出してきて、彼女の長いお下げをつかみました。セラフィヌは死ぬほどびっくりしてパンを落とし、逃げるどころか声も出せませんでした。パン焼きはこの泥棒を手荒く殴ってやるつもりでいましたが、綺麗で華奢な女の子が「許して!」というような目で必死に見つめているのを見ると、軽く笑っただけで髪を放してやりました。荒んだ暮らしを続けてきた男にとって、この美しい娘との出会いはちょっとした感動だったのです。
「ごめんよ娘さん、君を驚かすつもりはないんだ。ただ、君が逃げないように、ちょっとの間閉じ込めておくよ。夕方になって仲間が帰ってきたら、また自由にしてやるからね。なに、安心していたまえ。私の命にかけても、君には絶対に手を出させないから」
パン焼きは優しく娘の手を取って隣の部屋に連れて行き、ぶどう酒やチーズやパンを出して、好きなだけ飲み食いするように言いました。そして仲間が帰るまで待つようにと言って戸を閉めたのです。
夕方になって十一人の盗賊がテーブルにつくと、パン焼きは言いました。
「今日は、俺たちのパンを盗んでいた可愛い小鳥を捕まえたぜ。お前たちが絶対その小鳥に害を加えないと約束するなら、見せてやるがね」
みなが小鳥には決して手を触れないことを誓ったので、彼は娘を連れてきました。娘は怖がって、許しを請うような目でみなを見ました。盗賊たちは娘の美しさにびっくりして、どうか自分たちのところに主婦として残ってくれないか、そうしたらお前に害は与えず、あらゆる敵から守ってあげようと言いました。
「娘さん、俺たちのところにいりゃあ、食べ物はいくらでもあるし、仕事は楽だし、楽しく暮らせるよ。そこをお前の部屋にしたらいい!」
一番年上の、威厳のある顔をして長い真っ白いひげを生やしたジョゼという男が言いました。
セラフィヌは男たちが自分に親切なのを見て、勇気を出して答えました。
「皆さんがいつでも今のように優しくしてくださるのなら、私喜んでご厄介になります」
すると男たちは喜んで踊り狂ったので、家が震えたほどでした。パン焼きがぶどう酒を運んできて、セラフィヌを含めたみなは杯を打ち合わせては何本もぶどう酒を空にしました。
ところで、セラフィヌの母親は、娘はもう獣にでも食われたものと思って安心しきっていました。そこにまたいつかの魔女がやってきました。
「あんたは自分が一番の美人だと思っているのかい? いやいや、森の十二人の盗賊のところにいるあんたの娘の方が、あんたより何倍も綺麗さ」
「なんだって、あの子は死んだんじゃないの? 食べ物も持たずに裸足で飛び出してったきり帰らないから、死んだものと思っていたんだよ」
母親は驚いて言いました。再び醜い嫉妬心が頭をもたげてきて、魔女に頼みました。
「それを知ってるってことは、あんたはその盗賊のところへの道を知ってるんだろう。そこに行って、あの子を殺してきておくれ!」
魔女はお礼をどっさりくれるならそうしましょうと言って、小間物屋に姿を変えて出かけて行きました。森の家に着くと、戸は固く閉まっていました。何故なら、ジョゼ老人が「セラフィヌちゃん、戸はしっかり閉めて、俺たちが留守の間は誰も中に入れねぇことだよ」と言い含めて出かけていったからです。
魔女が扉を叩くと、娘が顔を出して「どなたですか」と訊きました。
「小間物屋ですよ。服やスカーフやリボンや、綺麗なものをどっさり持ってきたんだから、戸を開けて下さい」
「みんなに止められてるんだから、開けるわけにはいかないのよ」
セラフィヌはそう言いましたが、自分の服が汚れてよれよれになっているのを見ると、新しい服が欲しくなりました。魔女はそれを見て取って、上手く説き伏せて、とうとう戸を開けさせました。それから新しい服をとても安く売ってやって、おまけに下着までサービスしてやり、着るのを手伝ってやりました。セラフィヌが喜んで下着を身に着けた途端、床に倒れて動かなくなりました。これを見ると魔女はカラカラと笑い、戸を閉めて立ち去ったのです。
夕方になって帰ってきた盗賊たちは、セラフィヌが床に倒れているのを見つけました。みんなは長いこと呆然として立ちすくんでいましたが、やがて一人が言いました。
「まだ頬が赤いし、呼吸もしてる。死んでるわけじゃねぇ!」
よく見ると、着ているものが新しくなっています。みんなは言いました。
「こりゃおかしいぜ。ジョゼ、この子をベッドに寝かせて、服を脱がしてみろよ」
そこで老人が、娘を彼女の部屋に抱いて行って服を脱がせると、娘はパッチリと目を開けて起き上がり、急いで古い服を着て出てきました。盗賊たちは喜んで手を叩きました。もはや、彼らはこの娘なしでは生きていけないほどになっていました。娘の話を残らず聞くと、盗賊たちは新しい服と下着をかまどに投げ込んで燃やしてしまいました。
長いスカートを作る方法
それから暫く経って、また魔女が母親のところに来て言いました。
「あんたは自分が一番の美人だと思っているのかい? いやいや、森の十二人の盗賊のところにいるあんたの娘の方が、あんたより何倍も綺麗さ」
「私はたっぷりお礼を払ったのに、あんたはまだあの子を殺してなかったのかい!?」
「なに、私は確かに殺したんだが、盗賊どもが下着を脱がしたんで、生き返ったのさ」
これを聞くと、母親はまたもやお金をどっさり払って、娘を殺させることにしたのです。魔女は前とはすっかり別の姿になって、再び森の家の戸を叩きました。
「だめよ、戸は開けられないの。みんなに固く止められているんだもの」
「じゃあ、せめて窓から覗いて、私の持ってきたものをご覧なさいよ」
魔女はそう言って、窓から顔を出したセラフィヌにピカピカ光る金の指輪を見せました。
「なにか買ってくれたら、この純金の指輪をおまけに付けますよ」
するとセラフィヌは我慢できなくなって、戸を開けて、お婆さんからほうき一つとお皿二枚を買って、その細い指を差し出したのです。お婆さんはその指に金の指輪をはめてやりました。たちまち、娘は戸口に仰向けに倒れました。魔女はカラカラと笑って言いました。「綺麗な小鳥さん、あんたはもう二度と起き上がれないよ!」
盗賊たちは帰って戸が開きっぱなしになっているのを見ると、嫌な予感で胸がざわめきました。床に倒れている娘を見ると、前以上に驚いて息が詰まりました、急いで着物を調べてみましたが、何もおかしいところはありません。それなのに娘はどうしても目を覚まさないのです。今度こそ本当に死んでしまったのだ、と盗賊たちは夜っぴて嘆き悲しみました。朝になるとガラスで棺を作り、セラフィヌを入れて家の側のモミの木陰に置きました。
「この娘が死んでしまったんじゃあ、俺はもう生きている甲斐がない」「ああ、俺だってそうだ。生きていく気がしねぇよ」
盗賊たちはセラフィヌをあまりに深く愛するようになっていました。彼らは棺の側に刀を立てると、それぞれその上に身を伏せて死んでしまったのです。
あくる日、その森で大掛かりな狩が行われました。家来を連れた伯爵が道に迷って盗賊の家の前を通りがかり、ガラスの棺を見つけて怪しみました。
「おや? この娘はまだ生きているぞ」
伯爵は持っていた拡大鏡でよくよく娘を調べてそう言って、指にはめている指輪がちょっと変わって見えたので、調べてみようと棺を開け、指輪を抜き取りました。とたんに娘は目を開け、知らない人が目の前にいるのを見て驚いて立ち上がりました。
「あなたは誰? ジョゼお爺さんたちはどこなの?」
やがて興奮が鎮まると、娘は伯爵にこれまでの身の上を物語りました。盗賊たちが倒れて死んでいるのを見、その中にジョゼ老人がいるのを見ると、泣きに泣いていつまでも悲しんでいました。
伯爵が言いました。
「ねぇ君、一緒に僕の城に行って、僕の妻にならないか」
「そんなに私がお気に召したのなら……私、参りますわ。でも、みんなをこのモミの木の下にちゃんと葬ってくださらなくては」
涙を拭きながらそう言ったセラフィヌに約束すると、伯爵は彼女を城に連れて行き、一方で家来たちを森にやって盗賊たちを葬らせました。婚礼が済むと、伯爵は盗賊団の莫大な財産を城に運ばせたのでした。
長い間、優しい伯爵夫人は母親と姉の消息を知りませんでした。ずっと後になって、二人が悪い病気にかかって死んだと聞いただけでした。
参考文献
『新編 世界むかし話集(2) ドイツ・スイス編』 山室静編著 現代教養文庫 1976.
金樹と銀樹 イギリス(スコットランド)
昔、銀樹という名の妻と金樹という名の娘を持つ王がいた。ある日、母娘は峡谷へ行った。そこには井戸があり、
銀樹は尋ねた。
鱒よ、愛らしい小さな友よ。
私は世界で最も美しい女王かしら?
すると鱒は答えた。
おお、まことに。あなたはそうではありません。
「ならば誰だと言うの!?」
何故なら、あなたの娘、金樹がそうだからです。
銀樹は家に帰ったが、目が眩むほどに激怒していた。彼女はベッドに入って仮病を使い、「金樹の心臓と肝臓を手に入れて食べるまでは、私の体調がよくなることはないだろう」と誓った。
夕方に王が帰宅し、銀樹が重い病気になったと報せられた。王は彼女のもとを訪ね、どうしたのかと尋ねた。
「ああ! もしあなたが私の言うことを聞いてくれるのなら、私は治るでしょうに」
「おお! わしがそなたのために出来ることをしないということがあろうか」
「もしも我が娘、金樹の心臓と肝臓を食べさせてくれるならば、私は快癒するでしょう」
ちょうどその時、金樹に求婚するために、海外の偉大な王の息子が訪ねてきていた。王はこの結婚を了承し、金樹は夫と共に海外へ行った。
王はそれから、部下を猟場へ行かせて山羊を狩らせ、その心臓と肝臓を妻に与えた。彼女はこれを食べると元気になって起き上がった。
それから一年が過ぎた。銀樹は峡谷へ行った。そこには井戸があり、鱒がいた。
鱒よ、愛らしい小さな友よ。
私は世界で最も美しい女王かしら?
すると鱒は答えた。
おお、まことに。あなたはそうではありません。
「ならば誰だと言うの!?」
何故なら、あなたの娘、金樹がそうだからです。
「オゥ! あの子が死んでからずいぶん経つのよ。私があの子の心臓と肝臓を食べてから、一年経つんだもの」
おお、まことに。彼女は死んではいません。彼女は海外の偉大な王子と結婚しています。
鱒はそう告げた。
銀樹は家に帰って、バイキング船の準備を整えるように王に頼むと、こう言った。
「私は愛する娘・金樹に会いに行くつもりです。だって、あの子と最後に会ってから、もうとても長く過ぎてしまったんだもの」
バイキング船は整えられ、出港した。その舵を握っていたのは銀樹自身だった。彼女は殆ど時間を感じさせないほど速く、上手に操船した。
銀樹のバイキング船が到着した時、金樹の夫である王子は狩りに出て留守だった。金樹はやってきた船が父のバイキング船であることを知っていた。
「ああ!」と、彼女は使用人に言った。「母が来たわ。そして彼女は私を殺す」
「あの人は絶対にあなたを殺せませんよ。わたくしどもが、あなたをあの人が近寄れない部屋に匿います」
それは実行された。銀樹は上陸すると大声で叫び始めた。
「あなたに会いに来たのよ。あなたの母に会いにきてちょうだい」
金樹は、「私、出来ないわ」と言った。「だって私、鍵のかかった部屋に閉じ込められていて、外に出られないんですもの」
すると銀樹が言った。
「あなたの母がキスできるように、あなたの小指を鍵穴から出してちょうだい」
金樹は小指を出した。銀樹はそこに行くと、毒の付いた針で一突きした。たちまち金樹は死んだようになってしまった。
王子が帰って来て、金樹が死んでいることを知ると、大きな悲しみに囚われた。彼は妻の遺体が美しいままなのを見て、葬るに忍びなく、誰も立ち入ることのできない部屋に隠した。
時が過ぎて、王子は再婚した。王子は家中の全ての管理を妻に任せたが、金樹の眠る部屋だけは触れさせず、その鍵を常に自分で持っていた。
そんなある日のこと、王子は鍵を置き忘れていた。そこで二番目の妻は開かずの部屋に入った。彼女はそこで何を見ただろう。それは、今まで見た中でも最も美しい女性の姿だった。
二番目の妻はそちらに向かって、彼女を起こそうとした。そして、その指に刺さっている毒の付いた針に気がついた。彼女がそれを抜くと、金樹は生き返って起き上がった。彼女はやはり美しかった。
日が落ちて夜になり、王子が猟場から帰って来た。そして、とても落ち込んでいるように見えた。
「とても素敵な贈り物を私にくださるわね」と、二番目の妻が言った。「私、あなたを笑顔にさせてもよいでしょう」
「ああ、金樹がもう一度生き返りでもしない限りは、何であろうと僕を笑わせることはできなかったんだよ」
「よろしい。あなたは下の部屋で、彼女が生きているのを見ることができるわ」
王子が金樹が生きているのを見たとき、彼女は歓声をあげた。そして彼は彼女にキスして、キスして、キスし始めた。
二番目の妻が言った。
「彼女は、あなたの最初の妻だわ。だからあなたが彼女を選ぶのは良いことよ。私は去るわ」
「おお! 決して去らないでくれ。僕は両方にいてほしいんだ」
その年の暮れに、銀樹は峡谷へ行った。そこには井戸があり、鱒がいた。
鱒よ、愛らしい小さな友よ。
私は世界で最も美しい女王かしら?
すると鱒は答えた。
おお、まことに。あなたはそうではありません。
「ならば誰だと言うの!?」
何故なら、あなたの娘、金樹がそうだからです。
「オゥ! あの子が死んでからずいぶん経つのよ。私があの子の指に毒針を刺してから、一年経つんだもの」
おお、まことに。彼女は全く、全く死んではいません。
鱒はそう告げた。
銀樹は家に帰って、バイキング船の準備を整えるように王に頼んだ。愛する金樹に会ってから、もう長く経つから、と言うのだった。バイキング船は整えられ、出港した。その舵を握っていたのは銀樹自身だった。彼女は殆ど時間を感じさせないほど速く、上手に操船した。
王子は狩りに出て留守だった。金樹はやってきた船が父のバイキング船であることを知っていた。
「ああ!」と、彼女は言った。「母が来たわ。そして彼女は私を殺す」
「心配しないで」と、二番目の妻が言った。「私たち、あの人に会いに行きましょう」
銀樹は上陸した。
「降りてきなさい、愛しい金樹」と、彼女は言った。「あなたの母が、貴重な飲み物を持ってあなたのところに来たのですよ」
「飲み物は、出した方が最初にご自分でお飲みになってください」と、二番目の妻が言った。「それが、この国の習慣ですわ」
銀樹はそれに口をつけた。すると二番目の妻が、その幾らかが彼女の喉に落ちるようにそれを叩いた。それで銀樹は死んだ。後は彼女の家に遺体を運んで、葬儀を済ませるだけでよかった。
王子と二人の妻はこの後も長く生きた。そして平穏に、喜びの中で暮らした。
参考文献
Joseph Jacobs: Celtic Fairy Tales. London 1892, Nr. 11.
「Gold-Tree and Silver-Tree」/『maerchenlexikon.de』(Web)
三人の姉妹 チロル
ある父親が三人の娘を持っており、王の宮殿に近い美しい家で暮らしていた。ある時、父親は大事な仕事でちょっとした旅に出かけねばならなくなった。
王は若くて美しい息子を持っていた。三人姉妹の父親が旅に出た後、王子は姉妹を訪ねると連絡してきた。彼が来る前に三姉妹は美しく着飾って、姉たちは末の妹のマリーエンを中央に座らせた。自分たちのどちらかの隣に王子を座らせたいと考えたからだ。ところが王子はマリーエンの前に座った。彼女が最も美しくて優しかったので、話は弾んで長くお喋りした。次の日に王子はまた来ると約束した。姉たちはマリーエンを違う場所に座らせたが、王子はやはりマリーエンの側に座って、姉たちの思惑を無駄にした。姉たちが着飾ってマリーエンが簡素な服を着ていても同じで、彼が殆どマリーエンと話すために訪ねて来るのは明らかだった。
「妹をどうにかすれば、女王になるのは私かあなたよね?」
二人の姉たちはそう言って、妹に恐ろしい陰謀を仕掛けることにした。
彼女たちの家には老いたメイドがいたが、彼女は魔女だった。彼女たちは魔女を夜に呼んで尋ねた。
「私たちと末の妹と、あなたはどちらを愛している?」
「おお、あなたたち二人ですとも」と女は答えた。
そこで姉たちは、明日の朝、マリーエンに森でイチゴを摘んでくるよう命じるつもりだと言った。
「ずっと奥へ連れて行くのよ」と、姉は言った。「そうして、もう帰って来られないように置き去りになさい。私たちは棺を用意して、それを埋葬するわ。お父様が帰ったら、こう言うの。『マリーは死にました。お疑いなら、墓穴を掘って棺桶をお見せしますわ』って」
あくる朝、マリーエンはイチゴを摘むためにメイドと森の中にいた。二人はどんどん奥へ入り、マリーエンが熱心に赤いベリーを摘んでいる間にメイドは姿を消して家に帰った。虚しいことだったがメイドを呼び、マリーエンは泣いた。一日中さまよって、出口を見つける代わりに、今まで以上に深い、高木の枝が入り組んで湿った苔に覆われた暗い森に入り込んでいた。枯れた根や老いたモミの木の中で、ひどく疲れて絶望し、苦い運命に泣くばかりだったのだ。
ところが突然に、彼女は長い白いあごひげを垂らした立派な老人に会った。老人は何故ここに来たのかと尋ねた。彼女が訳を話すと、老人は言った。
「愛しい子供よ。お前の姉たちは妬みからお前に悪意を向け、害をなしたのだ。たとえ家に戻ったとしても安全ではないだろう。ここは静かで寂しいところではあるが幸福に暮らせるだろう。私の元に留まるがいい」
マリーエンは喜んで同意した。そして老人は、彼女を森の中心にある彼の家に連れて行った。
彼女は老人の家に住むようになった。老人は賢者のように何でも知っていて、娘を愛する父親のように接し、女王のように恭しく扱ってくれた。彼は薪や木の実を取りに出かけることがあり、その間はマリーエンは独りきりだった。老人は、自分の留守中は誰が来ても戸を開けてはならないと戒めた。
二人の姉たちはマリーエンが生きて、そこにいることを知った。彼女たちは激怒して、籠を持って物売りに化けて森の小さな小屋のマリーエンのところへ行くように、メイドに命令した。
どの衣装で右のアクセサリーを選択する
老人が出かけていてマリーエンが一人でいた時、籠を持った女がやってきて呼びかけた。
「指輪、針、糸。美しい物ばかりだよ。買っとくれ!」
マリーエンは外に出たくなかったのだが、魔女は、女というものは最後には品物を見るために戸を開けるだろうことを知っていた。
彼女が最も気に入ったのは指輪で、よく似合った。けれどそれをはめると、彼女は地に倒れて死んだ。その指輪は塵(墓土)で作られたものだった。
老人が帰って来て、マリーエンが死んでいるのを見た。彼はすぐに陰謀のせいに違いないと疑い、指の一本が腫れていることに気付いて指輪を引き抜いた。マリーエンは深い眠りから目を覚まし、老人に起こった全てを話した。老人は自分の留守中に誰が来ても戸を開けてはならないと、改めて戒めた。
二人の姉たちは、しかし、マリーエンがまだ生きていると知って、再びメイドを森へ差し向けた。ある日、老人が少し留守にしてマリーエンが一人でいた時、前とは全く違う姿に変装した女が、衣料品売りになって現れた。マリーエンはずいぶん長く女に戸をノックさせたが、綺麗な衣服が欲しくてたまらなくなり、老人の戒めを忘れて戸を開けてしまった。
とりわけ可愛いコルセット(補正下着)があった。それは彼女にぴったり合った。マリーエンがそれを身につけるやいなや、地面に倒れて死んだ。邪悪な物売りはその足で素早く逃げ去った。
老人が帰って来てこの恐ろしい光景を見ると、地面の上で死んでいるマリーエンをすぐに調べた。彼はコルセットを脱がせた。マリーエンは再び深い眠りから目を覚ました。老人は前よりも厳しく警告を繰り返した。
一方、父親が家に帰って来て、二人の娘から『可愛いマリーは少し前に死んだわ』と聞かされて苦い涙を流していた。
それから少し経って、姉たちはマリーエンがまだ生きていることを知って激怒し、メイドに命じた。
「行きなさい。お前は戸を開けさせることが出来るわ。そして櫛で髪を梳いてやると言って頭を刺すのよ。これなら、きっと老人は見つけることができないでしょう」
マリーエンはまた、ある日家に一人でいた。ちょうど窓の外を見ると、壊れかけた松葉杖でよろよろしているとても年取った老婆がいた。マリーエンはすぐに外に出て、老婆を小さな家に案内すると飲食物で元気をつけさせた。老婆は元気になって、心からマリーエンに感謝した。
「ああ、なんて良い子なんだろう! あんたの好意に報いることができたら」と、彼女は言った。
「見たところ、折角の綺麗な髪の毛が乱れているようだ。私が綺麗に梳いて編んであげよう!」
マリーエンは嫌がったが、最後には押し切られた。
その老婆の正体は例のメイドだった。彼女はマリーエンの頭に針を刺し込んで、急いで外に逃げて行った。
老人が帰って来て、マリーエンが床の上で死んでいるのを見た。彼は全身を調べたが、何も見つけることができなかった。彼は非常に悲しんだ。そして美しい娘の面影を偲ぶために、遺体を家に置いたままにした。何故ならそれは死体のようではなく、まるで眠っているだけのようだったからだ。
彼は娘を上手に着飾らせてベッドの上に寝かせ、街で沢山の大きなろうそくを買い込んで来て、ベッドの周りに四つを立てた。それは日夜燃え続けた。
ある時、王の息子が森に狩りに来て道に迷い、ろうそくの燃えている家のところに来た。好奇心でいっぱいになって窓から中を覗いた彼は、この世で最も美しい娘がベッドの上で眠るように横たわっているのを見た。
老人が戸を開けたので彼は中に入って眠る美しい死体に近付いたが、それだけで充分ではなかった。美しい眠り姫を連れて行くために、千の願いと約束を老人に提示した。だがそれは全くの無駄で、王子は嘆きながら帰って行った。
ところが、あくる日にはもう、彼は召使いを連れて戻ってきた。貴重な贈り物を贈って、交渉を再開した。最終的に、老人は涙を流して了承した。贈り物のためではない。王子の真剣な想いを拒むことが、もはや出来なかったのだ。
美しい死体は街の王宮で眠ることになり、特別製のガラスケースで飾られた。しばしば何時間も、王子はこの美しい絵の前に立っていた。しかし満足したようではなく、悲しげに見えた。
彼は誰も、自分の母親でさえも部屋に踏み込ませようとはせず、鍵はいつも自分で持っていた。
ある日、王子は遠くに狩りに行くことになった。出発の前に、彼は母親に部屋の鍵を渡して、緊急の時以外には決して開けないようにと警告した。彼が行ってしまうと、母親は好奇心に負けて部屋に入った。
「まあ、なんて綺麗な女の子かしら!」と、その時彼女は叫んだ。
「でも、これは何かしら? 死んでいないようだし生きているようでもないわ。それになんて綺麗な髪の毛!」
彼女が絵のような娘の髪に手を差し入れると、小さな固いものに触れた。見れば大きな針の先端である。ゆっくりとそれを抜いた瞬間、魔法の眠りからマリーエンは目覚めた。ぎょっとして彼女は女王を見た。けれど女王は優しく、マリーエンに全てを話した。
王子が帰ってくると、女王は急いで隠れるようにマリーエンに命じた。王子は部屋に駆け込んできた。そして彼の怒りの目はまず母親に、そしてガラスケースに落ちた。
「絵をどこにやったんだ!」
ケースが空であると知った時、彼は激怒して叫んだ。女王は落ち着きなさいと言った。王子は感情を抑えようとしたが、こらえきれずに熱く苦い涙を流し始めた。
その時だ。女王はマリーエンに、隠れ場所から王子の前に出てくるように合図を送った。
王子は最初、喜ぶより先に恐怖を感じた。だが、すぐに理解して彼の花嫁を抱きしめた。
さて、この物語の結末には不幸と幸福がある。不幸の方は、二人の姉たちがすぐに王の命令で逮捕されたということだ。弁護人は弁護を拒否し、怒れるメイドは魔女として公的に火刑に処せられた。
二つ目の結末は、楽しい結婚式が挙げられたことだった。
けれど彼らは私に、足一本以外は一口のおこぼれもくれなかった。
それで、私の背中はまだ痛んでいるのさ。
参考文献
Christian Schneller: Marchen und Sagen aus Walschtirol. Innsbruck 1867, Nr. 23.
「Die drei Schwestern」/『maerchenlexikon.de』(Web)
ミルシーナ ギリシア
昔、親のいない三人の姉妹がいました。
ある日のこと、娘達は誰が一番器量良しか知りたいと思いました。そこで太陽が姿を見せようとする夜明け、太陽の家の戸口を訪れて尋ねました。
「お日様、戸口にお出ましのお日様、私達のうちで一番の器量良しは誰でしょう?」
すると太陽は答えました。
こなたもそなたも、同じように美しい
だが三番目の一番若いあなたは、それにも増して美しい
姉二人はこれを聞いて唇を噛み、苦々しく思いながら家に帰りました。
あくる朝、姉達はよそ行きの服を着て宝石を着け、きらびやかに飾りたてました。けれど末の妹のミルシーナには汚れたみっともない服を着せました。そして太陽のところへ行きました。
「お日様、戸口にお出ましのお日様、私達のうちで一番の器量良しは誰でしょう?」
太陽は、また答えました。
こなたもそなたも、同じように美しい
だが三番目の一番若いあなたは、それにも増して美しい
これを聞いた姉達は恥ずかしさでいっぱいになり、大層惨めな思いで家に帰りました。
それでも、姉達はもう一度 太陽に聞きに行きました。
「お日様、戸口にお出ましのお日様、私達のうちで一番の器量良しは誰でしょう?」
けれども、太陽はやはりこう答えたのです。
こなたもそなたも、同じように美しい
だが三番目の一番若いあなたは、それにも増して美しい
姉達は妬ましさのあまり身の細る思いがし、ミルシーナを追い出そうと企みました。
「お母さんが死んでからもう何年にもなるね。今お母さんは遠い山の上に埋めたままになっているけど、早くちゃんとしたお墓に移さなくちゃ。今夜の内に仕度をしましょう。明日の朝早く出られるようにね」
姉達の企みなど知らぬミルシーナはすっかり真に受けて、翌朝、お供えの丸パンを持って姉達と一緒に山に行きました。森の奥のぶなの木の側で姉は立ち止まり、ここが母さんの墓だよ、と言いました。
「まあ、困ったわ。クワもツルハシも忘れて来てしまった。この中の誰かが取りに行かなくちゃならないけど……」
娘達は互いにしり込みしました。一人で山の中を歩いて取りに行くのは恐ろしいことだったからです。最後に姉達が言いました。
「よくお聞き。私達が二人でツルハシを取ってくるから、お前はここにいるのよ、ミルシーナ。だって誰も独りでは取りに行けないんだもの」
「わかったわ。でも、急いで戻って来てね。一人でいるのは怖いんですもの」
「ええ、じきに戻るからね」
そして姉達は小躍りしていってしまいました。勿論、帰ってくるつもりなどなかったのです。
ミルシーナはじっと待ち続け、ついに夜になってしまいました。泣いていると、一本のぶなの木が言いました。
「泣かないで、娘さん。手に持っている、その丸パンを転がしてごらん。どこであろうと、そのパンの止まったところで暮らすんだ。何事も恐れずにね」
そこでミルシーナはパンを転がしました。そしてその後を追ってとあるほら穴に入り込みました。そこには一軒の家があり、ミルシーナはその中へ入ると、奇麗に掃除をし、食事の仕度をして、自分の分を少し食べると屋根裏に隠れました。
さて、この家に住んでいるのは十二の月を司る十二人の兄弟でした。彼らは、家に帰ると掃除と食事の仕度がされているのに驚きました。彼らは「隠れていないで出てきなさい、男なら弟に、女なら妹にしよう」と呼びかけましたが、ミルシーナは出て行きませんでした。翌日も同じことが起こり、三日目、兄弟達が出かけたのを見計らってミルシーナが降りてくると、さっと誰かが彼女のスカートを捕まえました。一番若い月がこっそり隠れていたのです。
「娘さん、僕らにいたれりつくせりのことをしてくれて、黙って隠れていたのはあなたですね! 怖がることはありません。僕達、これからあなたを本当の妹のように思いますよ。あなたのような人が僕達のところにやってくるなんて夢のようだ」
ミルシーナは今までのことを話し、そのままその家で本当の主婦のように暮らし始めました。十二人の兄弟達はミルシーナを大事にし、それぞれ贈り物をくれました。金の耳飾り、輝く星のドレス、稲穂の大地のドレス、魚の海原のドレス……などなど。ミルシーナと十二の月達の暮らしはこの上なく幸せなものでした。
さて、ミルシーナの姉達は、妹が何事もなく幸せに暮らしているのを知ると、激しい嫉妬の気持ちを抱きました。そこで毒入りのパイを焼き、十二の月達の留守の間にミルシーナのところにやってきました。姉達は戸を叩き、ミルシーナとの再会を喜ぶ振りをしました。
「私達がツルハシを持って戻ったのにあなたはいない。どこもかしこも探したのに見つからないから、こう思ったのよ。あなたはきっと好きな人を見つけてそこに行ってしまったんだってね。後になってあなたがここに居ると聞いてやってきたのよ。お前、とても幸せみたいね、ミルシーナ」
「ええ、ほんとに幸せなの。これ以上の幸せってないと思うわ」
「それを聞いて安心したわ。じゃ、私達はこれでおいとまするわよ、急いでるからね。……そうそう、このパイをお取り。母さんの供養の為に焼いたパイよ。母さんの為にあなたも食べてちょうだいね」
ミルシーナはパイを受け取って、姉達が帰った後で、一切れ犬にやりました。すると犬はその場で死んでしまい、毒が入っていたと悟りました。
その後、ミルシーナが死ななかったことを知った姉達は、再び家にやってきました。今度は、ミルシーナは戸を開けませんでした。すると二人は言いました。
「戸を開けてよ、ミルシーナ。お前に話があるのよ。ほら、お母さんの指輪を持ってきたの。お前はまだ小さくて分からなかっただろうけど、お母さんが死んだ時に言ったのよ。「ミルシーナが大きくなったら、この指輪を渡しておくれ。でないと私の呪いがお前たちにかかるよ」って。私達だって地獄に落ちるのはゴメンだからね。もうお前も大きくなったし、この指輪を受け取ってちょうだい」
そこでミルシーナは窓を開け、指輪を受け取りました。けれど、指輪をはめた途端、ミルシーナは死んだように床に倒れました。指輪には毒が塗ってあったのです。
夕方になって帰ってきた十二の月は、生きた気配もなく倒れているミルシーナを見て大声で泣きました。三日経つと、十二の月はミルシーナに金の服を着せ、金の棺に納めて家に安置しました。
さて、それから暫く経った日のこと。ある国の若い王が通りかかり、あの金の箱を見て大層気に入りました。売って欲しいという申し入れを十二の月達は当然断わりましたが、あんまり熱心に頼むのでとうとう承知しました。ただし、決して箱のふたを開けてはいけない、と約束させて。
こうしてミルシーナの棺は王の城に運ばれました。
そのうちに王は病気になり、明日をも知れぬ命になりました。こうなってはあの箱の中身を見ねば心残りだ、と、王は病室に箱を運び入れさせて人払いし、そっとふたを開けたのです。そして王が見たものは……そう、ミルシーナでした。金の衣装に包まれたミルシーナは、たとえ命が通っていなくても天使のようでした。王は呆然と立ちすくみました。
やがて我に返った王は、彼女の指輪に目を留めました。もしかしたら名前なりとも書いてあるかもしれない……そう思って指輪を外したのです。
すると、ミルシーナは目を開きました。そして棺から跳ね起き、驚いて声を上げたのです。
「ここはどこ? 誰がここへ連れてきたの? ああ、兄さん達、どこにいるの?」
「今は私がそなたの兄だ。そなたは私の城にいるのだ」
こうして王とミルシーナはそれぞれこれまでのことを説明しあいました。王の病気は快方に向かい、やがて治って、ミルシーナと結婚しました。
ミルシーナの姉達は、これを知るとまたも激しい妬みの心に囚われました。それでミルシーナを殺そうと、城を訪ねてきました。
この報告を聞いた王は、姉達を捕らえるように命じました。彼は、妻から毒の指輪の話などを全て聞いていたのです。
捕らえられた姉達がどうなったのかは、誰も知りません。ただ、彼女達が再び現れることがなかったのは確かです。
一方、ミルシーナと王は楽しく幸せに暮らしました。人々は誰も妃を慕いました。彼女が美しく、また働き者だったからです。
参考文献
『世界むかし話3 ネコのしっぽ』 木村則子訳 ほるぷ出版 1979.
あなたはだれ? ロシア バイカル湖近辺
たいそう腕利きの猟師がいた。猟師は森で、羊くらい大きな鳥が松の木の梢に止まっているのを見た。こんな鳥は見たことが無い。撃ち落して肩に担いで帰ると、途中で出会ったシャーマン(呪術師)が言った。
「おお、なんと! ……これは災いを呼ぶ不吉な鳥じゃ。このままでは、お前が不幸になるだけではなく、
猟師は驚いた。純朴で正直な彼は、心から村を愛していたから。
「しかし、わしの言うとおりにすれば災難は避けられるかもしれんぞ。いいか、災いの元はその鳥の心臓と肝臓にある。他の部分は食べても良いが、心臓と肝臓だけは食べてはいかん。煮る鍋も別にするのじゃ。わしが後から行って処置を決めるから、それまで待つんじゃぞ」
ショックのあまり、猟師は家に帰ると ぐったりして眠ってしまい、妻にも三人の子供たちにも このことを説明しなかった。妻はいつものように鳥肉を煮て、匂いを嗅ぎ付けて走ってきた長男には心臓を、次男には肝臓を、一切れずつ切って与えた。ところが、どうだ。兄弟は食べ終わってまた庭に出るなり、それぞれ銀と金とを吐き始めた。際限なく。
一方、家にはシャーマンがやってきた。妻は彼に心臓と肝臓の煮物を出した。客人には一番美味しいところを振舞うのが慣わしだったからだ。シャーマンは舌なめずりをして、袖をたくし上げてナイフを持った。だが、ふと「他のだれにもこれを食べさせなかったじゃろうな」と尋ねた。いきさつを知らない妻は、気楽に「ええ。けれど子供たちに一切れずつ味見させてやりました」と答えた。
すると、シャーマンは真っ青になってぶるぶる震え、怒鳴りつけた。
「な、なんということを! なんという馬鹿な女じゃ! お前は、子供に恐ろしい毒を食べさせたんじゃぞ!!」
「ええ!?」
妻は仰天して座り込んだ。あまりのショックで腰も立たず、耳も聞こえない。シャーマンも、ショックのためか一度に年をとったようだった。背中が曲がり、片足を引きずり始めた。
「おい女、耳があるならよく聞け。今すぐその子供らを殺すんじゃ。そして心臓と肝臓を取り出して、ここに持って来い。そうすれば、神かけて巧く収めてやる。その心臓と肝臓を使って祈れば、村に降りかかろうとしている災厄を祓えるのじゃからな」
この騒ぎで猟師が目を覚まし、何が起こったのかを悟った。夫婦は震えながらシャーマンの足元に身を投げ出し、
「シャーマンよ、なんとむごいことを言われます。罪の無いあの子たちを殺すことは出来ません、いっそ私たちを殺してください!」と乞うた。
「何度言ったら分かるんじゃ。今すぐに子供らをここに連れて来い、聞こえんのか!」
この会話を、猟師の娘が聞いていた。彼女はすぐに庭に飛び出して危急を告げた。兄たちは事態を飲み込むと、妹に言って納屋から桶を取ってこさせ、それが一杯になるまで金と銀を吐き出した。その桶を掘った土の中に埋めてから、妹に言った。
「可愛い妹よ、この場所を良く覚えておくんだ。いつか暮らしに困ることがあったなら、これを掘り出して使うんだよ。僕たちは逃げることにする。大きくなったら、あのシャーマンに復讐するつもりだ」
少年たちは妹をしっかり抱きしめると、後ろを振り返ることなく、裸足のまま逃げ去った。
シャーマンは業を煮やして、自分で子供たちを捕らえようと庭に出た。だが、どれほど探しても猟師の息子たちは見つからない。再び家に入ると、娘を指して言った。
「この娘が告げ口したな。だから逃げおった。この娘を殺せ」
娘はシャーマンの言葉を聞いて驚いた。恐ろしさのあまり、兄たちの後を追って森に逃げ込んだ。しかし森は深く、兄たちは見つからず、さまよううちに窪地に出た。そこには小屋があり、入ってみると誰もいない。それなのに、テーブルの上にはパーティーのように ご馳走が並んでいた。
娘は空腹だったので、このご馳走をお腹が一杯になるまで食べた。それから、地下室に入って眠った。
ところが、この小屋は盗賊たちの住処だったのだ。
日が暮れると七人の盗賊が帰ってきた。
「誰かがここに入ったようだな」と、一人目がテーブルを見ながら言った。
「そいつは、まだここに居るようだぜ」と、二人目が鼻をひくつかせた。
「入ったのに出て行かなかったのは、俺たちを恐れていないってことだな」と、三人目が言った。
「そいつが俺たちを恐れないというなら、歓迎してやろうじゃないか」と、四人目が申し出た。
盗賊たちは、皆それに賛成した。
「おい、誰だ、そこにいるのは。今の話を聞いただろう、出て来いよ」
盗賊たちが声をそろえて呼ぶと、猟師の娘は隠れ場所から出てきた。これまでの経緯を説明し、ここに住むことが決まった。彼女は盗賊たちのために食事を作ったり繕い物をしたりした。盗賊たちはこの子を可愛がった。危険から守ってやろうと、交代で護衛をしてやるほどになった。
森で七人の盗賊たちに守られて暮らしている娘の噂は、シャーマンの耳にも届くようになった。シャーマンは女に変装すると、イチゴ摘みをしているふりをしながら猟師の娘を探し回った。娘がちょうど小屋の窓辺に腰掛けていたとき、シャーマンはとうとう彼女を見つけた。
「お譲ちゃん、私に水をおくれでないかい」
娘は水を汲んでやった。シャーマンは飲み干してから言った。
「ありがとうよ。お礼に、このイチゴをあげよう。よく熟れて美味しいよ」
はじめ娘は遠慮していたが、気のよさそうなお婆さんをガッカリさせまいと思い、イチゴを一つ口に入れた。その途端、彼女は冷たくなって死んでしまった。
護衛役の盗賊は、運悪く眠り込んでいた。目を覚ますと、娘は亡骸になっている。護衛は嘆きながら森にいる仲間のもとへ走り、悲劇を伝えた。
盗賊の頭は言った。
「お前が嘆いても、あの子は戻らない。犯人を捜せ。捜し出して裁くんだ。そうすりゃ、あの子も浮かばれる」
盗賊たちは娘をガラスの
時は流れた。ある日、
けれども、汗は息子の異常に気がついた。息子は部屋にこもり、日に日に痩せていく。心配した汗は草原の競馬大会に出場するように命じた。息子はやむなく出かけたが、部屋には頑丈な鍵を取り付けておいた。留守中、誰も入らないように。
息子が出かけると、すぐに汗は鍛冶屋を呼んで鍵を壊させた。部屋に入った人々が目にしたのは、ガラスの柩に安置された美少女の亡骸だった。
「おお、神よ。私の息子にどんな運命を与えようというのか。――早くこの死体を捨てるのじゃ!」
家来たちが柩を窓辺まで運んだとき、柩が窓枠にぶつかった。その途端、娘の口が開いて大きなイチゴが転がり落ちた。娘は生き返った。なんとも美しい、一度見たらいつまでも見とれていたくなるような美少女だった。
汗は大いに驚いたが、転がり落ちたイチゴをちぎってネズミや犬に与えると すぐに死んだので、事の次第を悟り、国中に犯人を捜せとのお触れを出した。
帰ってきた息子は生き返った娘を見てますます強く恋に落ち、彼女を花嫁にした。
まもなく娘は男児を産んだ。祝宴が催されることになり、汗の息子はその宴のための獲物を得ようと、自ら狩に出かけて長いこと留守にした。
ところで、邪悪なシャーマンは再び姿を変えると、今度は乳母として妃の側に近づいた。シャーマンは妃に催眠術をかけて眠らせ、その隙に赤ん坊を殺して切り刻んで、血を妃の顔や手になすりつけ、ナイフは枕の下に隠しておいた。そうしてから、動転した様子で汗のもとに駆け込んだ。
「おお、慈悲深い汗よ、どうかご覧くださいまし! 汗家の嫁がお世継ぎに一体何をしたか、ご自分の目でお見届けを。お嫁御は我が子を切り刻んだばかりか、その血をすすったのでございますよ!」
まさか、と思いながら汗は嫁の寝室に駆けつけた。そこには乳母の言った通りの地獄の光景があった。
「なんという恐ろしい……我が家の嫁が孫を殺し、しかも人食いであったとは! ――その人食いの目をくり抜け、手をへし折れ。殺した子供を背中にくくりつけて、追放するのだ」
くり抜かれた目をぶら下げ、へし折られた手を垂らしたまま、猟師の娘は館から追い出された。死んだ我が子を背にくくられ、痛みにうめき、悔しさにあえぎ、屈辱に身をよじりながら彷徨った。
いつしか、彼女は山のふもとの小川に辿り着いていた。ここに腰を下ろして休んでいると、信じられない光景を見た。一匹のミミズが這い出してきて、死んだ別のミミズを流れに浸した。すると、死んだミミズは身動きして生き返ったのだ。二匹のミミズは元気に草に這い込んで行った。
娘はあっけにとられていたが、冷たい流れに折れた手を浸けてみた。手はすぐに元通りに治った。くり抜かれた目を洗ってみた。目も元通りに治った。最後に、死んだ子供をそっと流れに浸してみた。子供は息を吹き返し、母親を見て笑った。
母も子もすっかり元気になった。母は子を伴って当ても無くさすらい、国境近くの村に辿り着いた。この村に住む一人の気のいい男が母子を保護してくれ、彼女は男の家に居候しながら仕立て屋の仕事を始め、その腕は評判になった。
ある時、猟師の娘はこんな話を耳にした。「汗は、自分の息子の誕生祝いの晴れ着を縫わせるため、国中から最も優れた縫い子を探している」と。娘は男装すると、国一番の縫い子として汗の館に赴いた。汗の息子は、縫い子の正体には まだ気づかなかった。縫い子は服を縫いながら「私はあなたに、信じられないような お話をすることが出来ると思いますよ」と言った。このため、縫い子は"語り部"として祝宴に出ることが決まった。
さて、汗の館には、かつて生き別れた二人の兄も滞在していた。彼らは、祝宴に招かれるだけの名声を得ていたのだ。彼らも縫い子の正体には気がつかなかったが、「あの若者、本当は女なんじゃないか。手が女だ」と囁きあっていた。
祝宴が最高潮に達したとき、兄が「ここいらで語り部の話を聞きましょう」と、縫い子を名指しした。語り部は立ち上がり、汗夫妻に深々と頭を下げると、己の身の上を語り始めた。
ある猟師が不思議な鳥を撃ち落し、その息子たちが心臓と肝臓を味見して、金や銀を吐き出したこと。
逃げ出した猟師の娘は森で盗賊たちに匿われていたが、殺されてガラスの柩に入れられて安置されたこと。その柩を汗の息子が持ち帰ったこと。
シャーマンの悪意と悪事の全てを、貴賓客や貧しい一般客、居並ぶ全ての人々に物語った。皆は大いに驚いた。猟師の息子たちは憎しみを燃やし、汗と汗の息子は怒りに震え、汗の妃や人々は泣き崩れた。人々は口々に尋ねた。
「お前は、一体何者だ。私の知っている"彼女"の話に あまりに似た物語を語る、お前は!」
「私です。物語に出てきた女が、この私なのでございます」
ここまで言い終わると、娘は気を失って倒れてしまった。
汗は、ただちに国中にお触れを出した。シャーマンを捕らえてその場で罰するよう、もし女装していれば服を剥ぎ取り、獣に変身していれば皮を剥いでしまうようにと。
草の根を分けるような大捜索が始まった。ついに、腐った沼の中でアシの根元に身を隠していたシャーマンが発見された。発見したのは、かつて居眠りしている間にシャーマンに娘を殺された、あの盗賊の男だった。
シャーマンは猟師の息子たちに引き渡され、民意によって《死刑》と定められ、殺された。
参考文献
『バイカル湖の民話』 N.I.エシペノク編、佐藤利郎訳 恒文社
0 件のコメント:
コメントを投稿