2012年3月29日木曜日

湯浅美和子のランジェリーアベニュー


タレントをしていると、自分の顔が右側からと左側、どちらから映った方がよいのかを自然と覚えるものです。現場でカメラマンさんに言われることもあれば、スタッフの方が選ぶ写真がいつも同じ方向からのものになるとか。私の場合は左側からの方がよいみたいで、左顔の写真の方が圧倒的に多いです。

今の時代、おうちに三面鏡があるという家庭は少ないでしょうけど、セルフチェックをするにはあれほどよい鏡はないと思います。残念ながら、我が家にもないのですが、たまにホテルのお化粧室で見かけるとまじまじと自分の顔をチェックします。やはり、、、。左側から見た顔の方がやさしい気がします。つまり、私のキメ顔は「左」ということなのでしょう。

こうやって、自分を知るということはとっても大切です。
例えば、カウンターや並んで座るテーブルの時、さっと、左顔を相手に向ける位置に腰掛ける!そうすると、ちょっとだけ自信を持って過ごせたり、、、。

2012年3月28日水曜日

天地無朋


天地無朋

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2012.2.4(土)晴れ 境川の水草

さすがに立春で手袋をしようかどうか迷うぐらいの陽気になった。ただし峠は敬遠して半原2号で境川。続けている高トルク低回転型の練習だ。今日は50×16Tを使った。70rpmで28km/hぐらいになる。今日の南風はそれくらいの強度でちょうどよかった。心拍数は160bpm。

ただその心拍数のマネージメントは難しい。160bpmぐらいに一定させようと意識しているのに、すぐにがんばりすぎたり力を抜きすぎたり。自分自身がどれだけ力を出しているのかを知ることは簡単ではないようだ。私はタイムトライアルの専門家である。心拍数のコントロールは完璧にできないとだめだろう。

ところで、境川の本流は私にとってそれほど面白いものではない。その水の半分は生活排水を処理したものである。残りの半分は農業用水の余り物だ。護岸は傾斜のきついコンクリートの壁だ。流れの中では大きなコイが腹をこすりつけるように泳いでいる。カワセミやらサギやらが物欲しそうに水をのぞき込んでいるから、小魚もいるのだろうけど道路からは見えない。コイさえいなければ、つんつん泳ぐ小魚の群れも見られるような気がする。ちょっと残念だ。水草など影も形もないのはいうまでもない。境川では水中化したタデ科の雑草なんて探しても無駄だ。

ただ、境川にも泉が湧く特異点がある。遊水地公園として工事中の鷺舞橋の下にはかなりの勢いで湧く泉がある。泉とはいえコンクリートの穴から境川の地下水が噴出するだけのものだが、その存在はよく知られており、遊水地情報センターで泉のヒキガエルの産卵情報が掲示される。

私はかつてあまりの殺風景さにがっくしきたことがあり、その湧水は気に止めていなかった。ところが、今日鷺舞橋から見下ろすと、なにやら水草らしいものが目に入ったのだ。落合川で見たカワヂシャ(オオカワヂシャ)によく似ている。さっそく降りて近くで見てきた。泉の下流のコンクリに泥がたまっている部分に根を下ろしているようだ。クレソンらしいものもまじっている。オオカワヂシャのように見える。夏になって花が咲けば特定できるだろう。

境川だって泉があれば水草も生える。近くの泥地にはギシギシのロゼットもあった。現在は神奈川県が遊水地公園を増設中だ。県は泉をどうしたいのだろう。泉の周囲には遊歩道もある。川底のコンクリートをひっぺがして沼にすればさぞかし愉快な場所になろう。そこまでは期待できないが、今のままでも来年あたり水中タデが生えるかもしれない。


2012.2.5(日)くもり 一度に一人

お日様が雲に隠れ少し寒い日になった。風は北から弱い。引き続き半原2号で境川。風がそれほど強くないものだから高トルク練習には適さない。ギアはちょっと軽めの50×17Tに固定してケイデンスは80rpmにした。いつも往復する部分は片道7キロあまりある。そこを15分ぐらいかけて4往復するのがメニューだ。

ペダリングではペダル位置の違いで力の入れ方が変わるという当然のことを自覚できるようになった。押すとき、踏むとき、ひくとき・・・青木裕子(アナじゃないほう)やイケクミ(仮)や田代さやかがそれぞれのパートで活躍してくれる。クランクは1秒弱で1周する。その間に彼女らがバトンタッチしてがんばってくれればけっこうな出力になると思う。ところが、彼女らは仲が悪く協調してくれない。1周のうち意識できるのはどれか一人だけなのだ。そこんとこをなんとかできないものかとがんばった。むりだった。お付き合いできるのは一度に一人。たぶん軽いギアで高速回転しているときは無意識に全員を動員していることになるのだろう。

午前中は北風だったが、午後には南寄りになった。境川では風は北か南かしかない。東風なら南風と北風がばらばらに吹く。どうやら低気圧が近づいているようで、明日はやっぱり雨なのだろう。下半身ばかり意識していたら、右腕にいやな感じで力が入っていることに気づいた。意識して抜かねばならない。サドルの座り方もいろいろ工夫した。


2012.2.6(月)雨 東大の入試問題

何年か前に出題された東京大学の入試問題を誤解していたことがある。その誤解は「円周率πが3よりも大であることを証明せよ」というものだった。本当は「πは3.05よりも大」という問題だったようだ。

その問題が小田急線の車内で話題になっていた。会話の主は学生らしい若者たちである。なんでも当時、東京大学は小学生に円周率を約3であるとゆとりっぽく教えることに抗議して、あえてゆるい出題をしたというのだ。若者たちの話によると、2ちゃんねるでも騒動になったのだという。そうしたことを満員電車の耳元でツイートされ、入試問題が私に届いた経緯がようやく明らかになった。どうも教育事情とか2ちゃんねるとかに精通している友人が、私に不確かな情報をもたらしたようである。

あのとき私は5秒で解けた。3なら中学入試レベルである。東大も楽になったもんだと皆で笑い物にしていたのだが、3.05となると事情がちがう。難易度が上がるわけではないが、暗算ではまるっきり歯がたたなかった。1引く3の2分の1乗の2乗割る4というような計算ができないからである。けっきょくその問題は解かないままに放っておいたのだが、ときおり思い出してもいたので、この機会に解いておいた。じつは計算を何度か失敗してやむなく電卓を使った。


2012.2.8(水)くもりときどき雨 炎

いうまでもなく子どもの頃から火を見るのが好きだった。火を見るのが仕事だったともいえる。はじめの頃は井戸からバケツで水を汲んで、上水道が整備されてからは蛇口をひねって水をため、廃材を炊きつけて風呂をわかすのが私の役割だったからである。子どもでも火の番はできる。火事を恐れるなら火は絶えず監視しておくにしくはない。

火を特徴づけるのは炎である。炎は明るく熱い。ゆらゆらはかなくても存在感は十分で効果は抜群だ。炎の触れたものは木でも紙でも炭でも速やかに燃える。

炎には様々な形相があった。丸いもの尖ったもの。赤いもの青いもの。風呂をわかしていてときおり見られる緑の炎はとりわけ印象深かった。

ほのおの正体はずっと不明だった。ちょっとまじめに考えるぐらいではつかみどころがない。ライトを当てても炎には影ができない。鏡に写らないドラキュラ伯爵よろしく光の中で存在を消してしまうのだ。正体を明らかにする必要にもさして迫られず、かといって忘れさられるような謎でもなかった。

それが今朝、自転車に乗りながら、みの味のシールをめくる加藤シルビアの指を思い出しているとき、ふと炎とは高温になって発光している気体なんだと確信した。気体の分子もしくは微粒子が炎の実体だ。つかみどころない炎には確かな物質がある。

およそ物質は高温になると発光する。物質が温度に応じて発する光の色は一定らしい。黒体放射は高校の地学で知識として習った。黄色い太陽は6500℃ぐらいで、青いシリウスはもっと熱い。鉄を熱すると赤く光る。さらに熱すると鉄は溶けてオレンジ色に光る。鉄は個体でも光る。液体でも光る。気体でも光ることが期待できる。熔けた鉄をさらに熱すると蒸発して青く光るのだろうか。プラズマの大槻先生が作った火の玉は青い炎みたいだった。

風呂で廃材が燃えるときには炭水化物が水と二酸化炭素になって発熱する。私が見ていた炎は高温の水蒸気と二酸化炭素、あるいは分解結合をしつつある炭水化物の微小な破片なんだろう。


2012.2.10(金)晴れ そわそわの春

去年の秋に東京の矢川に行った。イヌタデの中のイヌタデであるアカマンマが花ざかりの頃である。矢川の源流部は住宅地の中の沼として保全されていた。浅い沼の中に木道が作られ、歩きながら水の様子を観察することができる。そこには結構な数のアカマンマの花があった。ただし水中ではなく水の上の花だ。水中部にはほとんど葉が見とめられない。さらに水に浸かっている部分が多いほど勢いがないように見られた。

アカマンマが水中生活に弱いというのは定説だ。実験でも確かめられている。どれほど弱いかは気になるところだ。矢川の状況を見るかぎり水中に落ちたアカマンマの種は水中で芽吹くことが予想される。どれほど芽吹くのか、新芽はどこまで成長できるのか。

春になると私のアカマンマが一斉に芽吹く。発芽率100%とは思わないが、手のひら程度の面積に10〜20個、密集といえるぐらいには芽吹く。アカマンマは芽も葉も花もかわいくて、この数年は芽吹いたときから毎日観察と撮影を続けてきた。場所は日当たりが悪く湿った庭だ。いうまでもなく水中ではない。私のアカマンマを見るかぎりではそれが水草とは思えない。それでも水中で芽を出すならば才能はある。

小学校では種が芽を出すには水と空気の両方が必要だと習う。私も半世紀前に実験した記憶がある。学校の授業だから、その実験に主体性はなく意味を考えるでもなかった。たしか種は豆だったが結果は覚えていない。ともあれ学校の試験の正答は「発芽には水と空気の両方が必要」ということだから、水中で芽吹く種は特殊なはずだ。

思えば、田植えが完了した水田には草の芽が相当目に付く。それらがじゅうぶんに成長しないのは除草剤の力ばかりではないだろう。芽吹いたものの水面までの深さに力尽きるものも多いことだろう。果たして私の好きなアカマンマは水底の泥中から芽を吹くのだろうか。芽を出して、どれぐらいの深さまでなら生き残れるのだろうか。

私はアカマンマが水中で成長し水中花をつけた例を一つしかしらない。それは流れの速い湧水河川らしく、特殊な環境である。湧水はなぜかイヌタデに優しい。環境や個々の能力に差もあろうからなるべく多くの場所で多くの個体を見たいと思う。毎年、春になるとこういう野心を抱き、たいていは挫折してしまう。矢川にだって1回か2回行くのがせいぜいだろうが、行けば見どころはあるはずだ。庭のアカマンマからも毎年新しいことを教わっているぐらいだから。


2012.2.11(土)晴れ もしかしてこれ

境川は今日も穏やかで北よりの風がゆるく吹く。あいかわらず半原2号を持ち出して高トルク練習。風が弱いからギアはやや重の50×15Tにして北も南も休まないことにした。65から70rpmが目安だ。

やや重で重点的にやってみるのはやっぱり引き脚。上死点にかかる直前にペダルを蹴り上げる技に終始した。そのとき活躍する筋肉はイケクミ(仮)と青木裕子(アナじゃないほう)だ。どうしても田代さやかは休みになる。引っ張り出そうとしてもダメだ。とりわけ青木裕子との仲が悪い。双方とも巨乳が売りのグラビアガールだったからキャラかぶりなのだ。ちなみに、あまり知られてないけれど、彼女らは運動性能的にもいい体をしている(はずだ)。

わりといい感じで乗れて、気がついたら100kmになっていた。気づかずに5往復やったらしい。ふだんより早く出てきて日も長いから調子が狂った。軽い休憩をして立ちがあろうとすると太ももに痛み。いつもよりダメージがきている。それで帰りの20kmは軽く回していこうと19Tにかけた。たしかに軽いのだが回らない。80rpmがやっとだ。65rpmで4時間乗って回さないくせがついたのか。高回転もなかなか深い。それでも10分も続けておれば楽に90rpmは越えるようになった。ただし回転ムラは気になる。ともかく軽回し乗りでも上死点前の蹴り上げは意識した。

境川から出るには必ず急傾斜を登ることになる。どこでも10%程度のけっこうな坂がある。インナーに落とすのも面倒でアウターのまま23Tに入れて立ちこぎで越えることにした。試しに立ちこぎでも蹴り上げてみた。それが意外にも好感触で驚いた。「もしかしてこれがいわゆる引き脚も使うダンシングってやつ?」と目から鱗の気分だ。「これが続けられたら半原越は15分だな」とありもせぬ夢が見える。立ちこぎの引き脚は指導書にあったから、幾度か試してはみた。しかし、いつもぎくしゃくして疲れるばかりで無理だと感じていたのだ。重点的に蹴り上げ練習を積んだのが立ちこぎに生きてきたのか。15秒だけエラスやランスに並んだ気がした。


2012.2.12(日)晴れ 田代さやかを動員

田代さやかはかなり意識しないと登場しない。出てこなくたって自転車は進む。むしろ普通に巡航するなら、田代さやかをはじめ3美女を召還する必要なんてない。しかし半原越で好タイムをたたきだそうとすれば、どうしたって彼女らの力を借りなければならない。てなわけで、さやかと裕子は仲が悪いから・・・なんて世迷い事は言わず、二人に協調してもらうのを今日の課題とした。

昨日よりもちょっと強めの風が吹いており、北向きはかなりいい感じだ。50×16Tにして仮想半原越でやってみた。かなり力を入れても、ケイデンスが60rpm程度ならば、さやかと裕子は協調した。ただし、時間は長くて10秒程度、せいぜい10回連続といったところだ。できない相談ではないことは分かるし、達人はできているはずだ。2〜3分もできるようになれば強力な武器になるだろう。

これまで田代さやかも青木裕子(アナじゃないほう)も引き脚の筋肉としてきたが、明らかにちがう部位を使って同じく引き脚だと用語として具合が悪い。田代さやかは下死点通過後だから「引き脚」とし青木裕子を使う方は上死点直前だから「上げ脚」として区別することにした。

2012年3月26日月曜日

Apple社員が明かす「Jobsマジック」の秘密 « WIRED.jp Archives


Apple社員が明かす「Jobsマジック」の秘密

Apple社には「トップ100」と呼ばれる社内のエリートグループがいて、秘密会議が開かれているーーApple社社員インタビューによる、具体的な情報を紹介。

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Brian X. Chen

2012年3月24日土曜日

【中国】圧倒的…中国メディア“驚愕”=収蔵品が紛失しない台湾の故宮博物院[03/16]


1 :なつあかねφ ★:2012/03/16(金) 17:19:45.01 ID:???
広州日報はこのほど、台湾の「故宮博物院」の現状をリポートした。大陸から訪れる見学者の
増加や、建物の大増築計画を紹介するとともに「過去50年で紛失したのはわずかに紙1枚と塩1
包みだけ」と強調した。

■収蔵品で質・量ともに圧倒的な台湾の「国立故宮博物院」
中国国民党の指導者だった蒋介石は日中戦争期、北京の故宮(清朝時代の呼称は紫禁城)にあ
った重要な収蔵品を中国奥地に疎開させた。終戦後、同収蔵品はいったん南京に移されたが、
国民党政府は共産党との内戦で敗色が濃厚になった1948年、収蔵品を更に厳選して台湾に移した。

台湾では台北市郊外に1965年、「国立故宮博物院」が完成し、北京の故宮から運ばれた美術品・
文化財が一般公開されることになった。

台湾の「故宮博物院」の収蔵品は約70万点だ。一方、北京の故宮博物院の収蔵品は21万点程度
とされる。

北京の故宮博物院が「歴史的建造物」としてのかけがえのない価値を有するのに対し、台湾の
故宮博物院の収蔵物は質・量ともに「北京の故宮博物院を圧倒している」と評価されている。

北京の故宮博物院では、管理の杜撰(ずさん)さから、行方が分からなくなった収蔵品も多い
とされる。広州日報は台湾の故宮博物院について「厳格な管理」にも注目した。

■紛失は文献中の1ページと、長時間による揮発物のみ
同博物院の建設が始まったのは現在から50年前の1962年だ。収蔵予定品のチェックも同時に進
められた。1989年に改めて収蔵品のチェックが行われた、「人為的な紛失」は清朝時代の文献中
の1ページのみだったという。しかも「1969年に書籍として出版されることになった。そのため
外部に運び出された際に1ページが失われた」と、紛失の経緯も特定できた。

もうひとつの「紛失物」は、「1包みの塩」だった。新疆からの献上品として清朝宮廷が保管
していたが、紙包みはそのままだったが中の塩がなくなっていた。「極めて長い時間をかけて、
揮発してしまった」と断定された。

台湾の故宮博物院では、写真撮影や修復作業を含めて、「いかなる場合でも、収蔵品の外部持ち
出しは禁止」との規則が徹底している。1969年の「1ページ紛失」は、博物院内でスキャニング
ができなかったためで、現在は「発生する可能性がない事故」という。

同博物院では、すべての収蔵品を展示することができないために、入れ替え展示を行っている。
同、陶磁器、玉などは1年または半年に1回、書画や書籍などは3カ月に1回の入れ替えだ。入れ
替えの周期が違うのは、「光にさらされる影響」を考慮しているためだ。

同博物院の周功〓院長によると「入れ替えに際しては細心の注意をしている。これまでに収蔵品
を破損したり破損する事故は発生していないし、今後もありえない」という。(〓は「品」の
「口」の位置に「金」)

例えば、「美術品を展示台の上で移動させる場合、台から持ち上げてはならない。台の平面に
そって水平に移動させる」など細かい規則がある。作業員は長期にわたって規則を完璧に励行
できるよう訓練されており、特に重要な美術品では複製品を作って訓練を繰り返している。ま
た、収蔵品の移動に際しては必ず3人の作業員が居合わせなければならず、すべての過程を動画
撮影して記録しているという。

>>2へ続きます

サーチナ 2012/03/16

2 :なつあかねφ ★:2012/03/16(金) 17:19:57.99 ID:???
■疑惑が発生すれば迅速に誠実に対応、情報はオープンに
これまで台湾の故宮博物院でも、収蔵品の破損疑惑、防犯システムの停電、職員によるデジタル
資料の不正転売などの疑惑が発生したことがある。

「破損疑惑」は2007年に発生した。「宝石で作られていた昆虫の触角が破損している」という
一般見学者の指摘だった。調査の結果、1969年の調査時点で、すでに破損していたことが分か
った。

防犯システムの停電では、博物院側が設計に問題があったことを認め、ただちに改善すると表明
した。デジタル資料の不正転売では、内部関係者2人が起訴された。

いずれの件でも、博物院側は情報を公開して、認めるべき点は認め、改善を約束した。周院長
によると、博物院に対する「疑問の声が上がるのは自然なことだ」という。

周院長は、「疑問の声が出た場合には、ただちに情報を公開するなど、透明性と専門性を保つ
ようにしている」、「重要な問題については、(公的な)調査を喜んで受け入れている」と述
べた。

広州日報は、同博物院がメディアの取材に対してオープンであることも評価。「メディアが申請
さえすれば、院長、副院長ともに取材のための時間を手配してくれる」と紹介した。
(編集担当:如月隼人)